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マゾヒスティックピクニック 足立重信公の祟り

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11月某日 嵐の前の「重信川河口」このあととんでもないことに...


11月の連休に家族の住む愛媛県松山市に行った時のこと。
ある早朝、珍しいことにこの私がエプロンなどして、おにぎり、卵焼き、煮物、etc...「お弁当」なんぞを作った。
うっとりと弁当の出来栄えを眺めた後、丁寧に包んで手提げ袋に入れた。
ギリギリ人間の私が、割り箸、醤油、お手拭きも早々にセット完了。 
これは凄いんである! 私がお弁当作るなんて一大イベントなのだ。

休暇中とあれば時間もたっぷり。
そこで私の本能が「そだ!11月のピクニックだ!」と叫んだのです。
「重信川」の河口へ渡り鳥を見にこうと思いつき、妙にウキウキした。

自己暗示にかかったかのごとく、凄い勢いでご飯を炊きフライパンを握った。
我ながら完璧な弁当のできばえに気を良くし、それはもうワクワクと家族を引きつれバスに乗り込んだ。
おやつも完璧~。はいほ~。
 
「冬も近い。シギやチドリ、鴨も沢山来ているだろう。あの河口にはミサゴやハヤブサもいるんだっけ。ふっ、それより今日はおにぎり!よね!」

え~い足立重信(※)待っておれよ!
 
※重信川の名前の由来になった松山ゆかりの武将で、松山城下の治水事業をした人。司馬遼太郎氏によると、天然の川で人の名前がついてているのは日本でここだけらしい

到着。風が冷たい。何となく雲が重たかったが(上の写真参照)最高のピクニック場所を探し、河口に向かう。
しかし....海の気象は変わりやすいのだ。

あっという間に黒雲立ちこめ、突風が吹き、河口は大荒れの天気に!
わたしが慣れぬことをしたからだろうか?
凍てつく「寒さ!」「突風!」のみならず「雷鳴!」が轟き、突然「氷!」までバラバラ降って来た! 顔に当たって痛い~~~! 
一瞬 氷が止んで少し陽が差し込んだかと思えば「虹!」まで。
(一番下の写真参照)コレハ気象の展示会なのか?! 
気象学者に解説して頂きたい位だったが、もうどうでもよくなった。
とにかく突風と急な温度の下降で凍えそうだった。
   
はっ!・・・・コ、コレは もしかして「重信公の祟り」か?

・・・しかし、しかしだ!

「何であろうと......このニギリメシは外で食べるのじゃ~~!」

「11月のピクニック」初心貫徹あるのみ! 
私は、躊躇する家族を無理やり連れ回し、見晴らしの良い岸壁(吹きさらし)を陣取り、かじかむ手でお弁当を広げた。
あまりの寒さで、弁当は冷蔵庫に入れたかのように冷たくなっていた。

「いっ、いっただっきまあ~す!!」

でも、あんまし寒いと・・・
味って解らないみたいでした。

寒さと突風で手はかじかみ、耳は痛いし、帽子はすっ飛ぶ、鼻水が・・・涙が・・・何しろ感じるものが多すぎるのだ。
五感はすでに使い果たされている状態。味がよく解らないのだ。
とにかく、みな、震える手でオニギリを握りしめ、涙眼でひきつって笑い、サランラップが飛び去らぬ様 箸で押さえ・・・
ひっくり返りそうになるペットボトルに 大声を上げながら・・・

意地になって「ウマイ!!」を連発した!
  
いや、「うまい!」と叫び続けなければ、食べられなかった・・・
と言ったほうが正しい。まるで滝行の様でしたから。

髪は荒海のコンブの如くボウボウと舞い上がり、動きは錆びついたロボットの様にギシギシと、なんというか恐らく・・・かなり恐ろしい形相で「ウバイ!(=ウマイ!)」と叫んでいたと思われます。
偶然通りがかった 地元の人が数人いましたが、決まって、見てはいけないものを見た時の表情をし、遠い眼をして去っていきました。

今考えれば、道連れにした家族には酷だっただろうか?  
でも、家族は「ウマイ!!」と何度も叫んでくれていたではないか!
家族とはありがたい!でも・・・
  
食べ終わる頃には みな顔色が退色しておりました。
 
しかし・・・
何でこんなに耐えながら外で食べなきゃんらんのか?

・・・それを言っちゃはじまらないんです。
 
北風と太陽って童話・・・好きだもん、私。
 

かくして11月の楽しいピクニックは終了した。

さて帰ってから、冷えきった体が回復するまでの意識もうろうとした時間に、「はっ...」と思い出したことがある。それは前出の今は亡き武将「足立重信」との「奇妙な因果」と「気象の謎」

以前 松山を訪問した際、私は偶然 足立重信公の墓を見つけた。
その墓は「ロシア兵捕虜達の墓」の脇に何故かポツンとあった。
日露戦争時、捕虜になったものの松山市民に家族の様にもてなされたことで有名な「ロシア兵捕虜達の墓」の脇にポツンと・・・である。

「あれ... 重信川の重信さんだ... 奇遇だなあ。」

重信川が大好きな私は、親しみを込めて墓前に手を合わせた。
手を合わせてたら、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。
そして「ではねえー」とつぶやいて、墓を後にしようとした。

するとその時だ! にわかに大雨が降ってきて、私はあっという間にスブぬれになってしまった。

「・・・重信さん・・・なんだってまた・・・今回、まだ重信川に行ってないから怒ってる?それとももしかして、何か別の事でも言おうとしてる?」

その時、背筋がゾクゾクっとした。  
えっ?墓は濡れてるのに、墓の周辺の土が乾いている!!
驚いた。大雨は「足立重信の墓」の一角にしか降っていなかったのだ。
こんなことってあるのか?! 
信じられないけど、濡れたのは私一人に違いなかった。
見上げれば 空は青く晴天。雲のかけらすら見当たらなかった。

全く不思議な気分だった。
「一体なんだったんだ?解せん。解せん。」
私はボーッとしたまま、自転車のスピードをガンガン上げて帰った。
その夜、どうも気になって足立重信をネットで調べまくった。

翌日になっても あの時の「解せん気分」が尾を引いていた。
その日は朝からシトシトと雨が降っていたうえ、既に夕方になっていた。
でも、どうしても「呼ばれてる」様な気がして、私は「重信川」に向かった。
バスで一時間ほど。到着。もう日没も近い。
どうしたことか川に到着するやいなや降り続いていた雨が上がり、
雲の切れ目から光の筋が何本ものび、どんどん明るくなってきた。
灰色の海上のあちこちに光の丸舞台が現れ、美しかった。神々しい光景だった。

ついに、雲ひとつ無くなった。
太陽が真っ赤!まるで、でっかい線香花火みたい。
様々な鳥が河口を群れ飛び、シルエットが大変に美しい。
今まで見た夕日の中で断トツに美しかった。頭がボーッとした。

いつの間にか、カメラと三脚持った人々がたくさん現れた。
そのうちの一人のおじさんが話かけてきた。地元の方だった。 

「こんな奇麗な夕日は、年に何度も見れんけんね。
ほれ、お日さまの回りに雲のかけらも無かろう?
それも今の時分は、日が河口の真ん中に沈むしな、こんなん めったにないことよ。
あんた、東京から来なすったなら、相当運がええよ。」 

・・・密かに私は思った。

「重信のおっちゃん...ありがとう」
 
治水事業のエキスパートだった重信のおっちゃんは、いつだって気象をグルグル変えて、とことん「水」にこだわるのか?
もしかして、重信のおっちゃん、まだ事業に携わっておられます??
とにかく....相当つむじの曲がった方の様である。類は友を呼ぶ?
もしかして性格にてるんですかね?

どうでもいいけど、重信のおっちゃん・・・

私のこと好きなんか嫌いなんか、はっきりして。


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氷が降った後に現れた「11月の虹」重信川河口の貯木場にて





maki hachiya
蜂谷真紀
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by hachiyamaki_diary | 2011-04-10 21:01 | 福中文庫(作文) | Trackback

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by 蜂谷真紀 / Maki Hachiya